少林寺拳法 修行日記

日常生活 即 少林寺拳法

崩し・落とし・外し

少林寺拳法の技法、特に柔法を学ぶ上で、「崩し・落とし・外し」という文言を用いて教えられることがある。守者が攻者を「崩して」「落として」「外す」ことにより、無理なく技が掛かるというものだ。

確かにそうなのだろう。では、この説明を聞いて、「崩し・落とし・外し」を体現できる人間が、どれだけいるだろうか。俺はほとんどいないと思う。説明されると、なんとなく「なるほど」と思ってしまうが、この説明だけでは、足りない。何が足りないかというと、「どうやって」という説明が、だ。

どうやって「崩して」、どうやって「落として」、どうやって「外す」のか。この「どうやって」という部分を追求しなければ、「崩し・落とし・外し」と言われても、体現できることはないだろう。

力で?急所を攻めて?引っ張って?

アプローチの仕方としては、ありだと思う。切り口がどちらかというと、力学的な要素に重点を置いているように思うが、技が掛かるということは、もっと複合的な要素をはらんでいる。人体生理学的な要素もあるし、心理的要素もある。

昔、ある先生方と雑談していた時、椅子に座った状態で逆小手を掛けてもらった。その時、俺の身体は座った状態のまま体が丸まり、足が床から上がっていった。「逆小手」という技を通して、そのような身体の反応を引き出されたのだ。

座った状態だったし、途中で技を止めてもらったので、俺が床に転がることはなかった。しかし、もし立った状態で、同じように「逆小手」を掛けられていたら、俺は床に転がっていただろう。結果的には「崩し・落とし・外し」という、技の掛かり方をしていたかもしれないが、それは技法ではないと思う。むしろ「法則」と呼んだほうがいいだろう。

三角技法についても、同じように考えている。