少林寺拳法 修行日記

日常生活 即 少林寺拳法

叱り方

うちの会社で先月、小さなレジスタンスが起きた。
 
他部署だが、課長の横暴に耐えかねて、部下の一人がパワハラで社外の組合に訴えた。
 
それ以来、訴えられた課長、俺の前の上司、俺の今の上司にいたるまで静かになってしまった。なんせ本社まで話がいって、全員がビビっているからな。
 
俺自身も、特に去年なんかはホントに仕事で(というか上司に)キレそうになり、
 
机に辞表を叩きつけて、上司をぶん殴って辞めてやろうか、と考えたことが何回もあった。
 
でもそれをしてしまったら、社会人として復帰も難しいし、何よりも俺の拳は、こんなくだらない奴を殴るために鍛えてきたわけじゃねぇ、と思う気持ちがあった。グッとこらえて、押忍の・・・間違えた。
 
でも、叱り方って難しいよな。
 
会社だから、単なる友だち感覚じゃ経営はできないし、部下や後輩を指導する上で、時には厳しく叱りつけなくてはならないことも当然あると思う。
 
この前、プレジデントという雑誌で、叱り方の特集をしていた。
 
読むと、なるほど、とうなずくことが多々書いてあり、参考になった。
 
その中で、松下幸之助のエピソードについても書いてあった。
 
松下の部下だった方は、
 
「晩の10時に呼び出され、親戚の人の前でこてんぱんに怒鳴られた。
 ストーブを火カキ棒でバンバン叩き、終わりには、ひん曲がってしまった火カキ棒を『まっすぐにしてから帰れ!!』と言って帰った」
 
と回想している。
 
今の時代、もしこのようなことをすれば、それはパワハラ以外の何物でもないと思う。
 
しかし、松下氏は怒った次の日には、必ずフォローをいれ、部下を気遣ったという。
 
そして部下はさらにやる気を出す・・・。
 
どうだろう。
 
似たような話を聞いたことがないだろうか。
 
俺には開祖と同じようなエピソードに思えるんだ。
 
人たらし、と呼ばれた開祖。
 
以前、開祖存命中に山門衆におられたという先生が武専に派遣されてきた。
 
その方の話では
 
「庭の石燈籠の位置が気に入らないから、直しておけ」
 
と開祖に命じられ、徹夜で直したのに、明朝、開祖は
 
「やっぱり元の位置に戻しておけ」
 
と言われたそうな。
 
このエピソードだけでは、単なる嫌がらせか、パワハラに似たようなものにも捉えられると思う。
 
でもその先生は、それでも開祖を尊敬している。
 
なぜか?
 
それは信頼関係があるからだ。
 
「師弟」の関係とは、単なる技の伝授ではなく、心と心のつながりにある。
 
厳しい指導とパワハラの違いも一緒だ。
 
頭ごなしじゃだめだ。
 
厳しく言われても、それが部下のことを思って言っているのか
 
人格ではなく、その人の為した事(或いは為さなかった事)を怒っているのか
 
そして上司自身が保身や、不正を行っていないか
 
上司が部下のことを見ているように、部下も上司のことを
 
しっかり見ているもんだ。
 
少林寺拳法の指導も一緒だな。