少林寺拳法 修行日記

日常生活 即 少林寺拳法

小よく大を制す?

「力の強さや拳の堅さに頼らないで勝ちを制することのできる武術」

「たおやかな乙女が、大の男を気絶させることも可能という、恐るべき威力を持っている」

開祖の著書「秘伝少林寺拳法」では少林寺拳法がこのように紹介されている。

なぜ武道や護身術が必要なのか?あるいは目指すのか?

自分より大きな相手、力の強い相手、女性なら男性から襲われそうになった時、撃退できるようになるために習うのが普通だと思う。

小よく大を制す-。

目指すべき目標だと思う。

では、実際に乱捕りを行うとする。法形通りの技を出せる人はほとんどいないと思う。

拳士永遠の課題だろ?

ある時、総合格闘技をやっている人が

「自分より力の弱い人と組み手をするときに技を試すんですよ」

と言っていた。

俺はそれを聞いた時、あぁ、なるほどなと思った。

例えば俺が女性と乱捕りをするとする。

力で圧倒することなんて、簡単だ。よほどの実力者じゃない限り。

自分より実力が下の人、あるいは力が弱い人と組手をする時に技を試せばいいと思う。

しかし最近、俺は「はて?」と矛盾に気が付いた。

技って、自分より強い人と相手をする時のためにあるんじゃなかったの?と。

よく考えれば、俺の経験上「先」をとるのも「技」を出すのも、自分より実力の高い人が相手では無理だ。

実力の高い人は、先をとらしてくれないし、技を出さしてくれない。

技が出せるということは、その時点で相手より強いということなんだな。

結局、肉弾戦のレベルで弱者が強者を制すには、自分がより強くなるしかないということに

最近やっと気が付いた。